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私たちの暮らしは自然にどれだけ影響しているのか?

By 3月 24, 2026ブログ

「Hot or Coolレポート」から考える ネイチャーポジティブなライフスタイル 

私たちの暮らしは自然にどれだけ影響しているのか?

エコロジカル・フットプリント・ジャパン(EFJ)は、自然と社会の関係を理解するためには、一つの指標だけでなく、複数の視点を組み合わせることが重要だと考えています。

2026年3月、「Nature-Positive Lifestyles: Unlocking Opportunities for People and Planetというレポート(以下、Hot or Coolレポート)が、Hot or Cool Instituteより公表されました。本レポートは、気候変動と生物多様性という二つの大きな課題を、「私たちの日々の暮らし」という視点から同時に捉え直した意欲的な研究です。

このレポートでは、エコロジカル・フットプリントそのものを直接用いているわけではありませんが、エコフットの重要な構成要素の一つであるカーボンフットプリントに、生物多様性フットプリントを組み合わせることで、私たちの暮らしが自然環境に与える影響を新しい角度から可視化しています。こうした試みは、カーボンだけでは見えにくかった自然への影響を理解するうえで、大きな一歩と言えるでしょう。

本稿では、このレポートのポイントを紹介しながら、エコロジカル・フットプリントとの関係について考えます。

Hot or Cool Instituteは、社会とサステナビリティの接点で活動する公益シンクタンクであり、人々が地球の限界の中で豊かに生きられる社会の実現を目指しています。

■レポートの要旨

本レポートのポイントは、大きく3つに整理できます。

① ライフスタイル(消費)こそが自然保護の鍵(上流へのアプローチ)
生物多様性の喪失を食い止めるには、保護区の拡大といった「下流」の対策だけでは不十分です。私たちが何を食べ、どう移動し、何を消費するのかという「上流(根本原因)」に働きかけることが不可欠です。ライフスタイルの変革は、気候変動と生物多様性の課題を同時に解決する、大きなレバレッジとなります。(参照ページ:p.10、p.16〜18、p.72)

② 「生物多様性フットプリント」による影響の可視化
日々の消費が、グローバルなサプライチェーンを通じてどのように自然へ影響しているのか。本レポートは、それを「生物多様性フットプリント」によって可視化・管理可能にしています。さらにカーボンフットプリントと組み合わせることで、コベネフィット(相乗効果)を高めつつ、トレードオフを避ける統合的な意思決定が可能になります。(参照ページ:p.11、p.31〜32、p.46〜47)

③ 個人の努力から「システム変革(チョイス・エディティング)」へ
持続可能なライフスタイルは、個人の努力だけでは広がりません。持続可能な選択肢を「当たり前(デフォルト)」にするために、市場やインフラといった供給側の構造と、人々の価値観の両方を見直す必要があります。本レポートは、そのためのアプローチとして「チョイス・エディティング」を提示しています。(参照ページ:p.12、p.49〜52、p.53〜68)

■分析方法

レポートでは、私たちのライフスタイルが環境に与える影響を、次の二つの指標で見ています。

  1. 生物多様性フットプリント(単位:pBDe
    人間の消費活動によって、将来どれくらいの生物が絶滅のリスクにさらされるかを示す指標です。1人あたりの数値はとても小さいため、「ピコ(1兆分の1)」という単位を使って表しています。
  2. カーボンフットプリント(単位:tCO2e
    消費活動にともなって、サプライチェーン全体でどれだけ温室効果ガスが排出されるかを示す指標です。

この二つを並べて見ることで、「気候変動対策と自然保護の両方に役立つ行動(コベネフィット)」と、「一方には良くても、もう一方には負担になる行動(トレードオフ)」が見えやすくなります。その結果、気候と自然の両方を守るために、どの行動や政策を優先すべきかを考えやすくなります。

※ピコ生物多様性当量(pBDe):人間の消費活動によって長期的に絶滅リスクにさらされる種の割合を示す指標。

■ライフスタイルと自然環境の意外な関係

Hot or Coolレポートは、日本・ブラジル・フィンランドの3カ国を対象に、私たちの何気ない日常の消費が、世界の生態系にどれだけ影響を与えているかを分析しました。

その結果、3カ国すべてで最も大きな影響を持っていたのは「食」でした。生物多様性への影響のうち、51〜84%が食に関連していたのです。特に、肉や乳製品などの動物性食品を生産するための森林伐採や土地の開発が、大きな負荷になっていることが示されました。交通、住宅エネルギー、日用品の購入なども影響しますが、その現れ方は国ごとの文化やインフラによって異なります。

ここから見えてくるのは、生物多様性の問題は「遠い森や海の話」ではなく、私たちの毎日の食事や移動、買い物と深くつながっているということです。

■日本のライフスタイルが生物多様性に与える影響

レポートによると、日本人1人あたりのライフスタイル生物多様性フットプリントは27.0 pBDe/年と推計されています。これは、ブラジル(44.0 pBDe)、フィンランド(20.0 pBDe)の中間にあたります。(参照Figure A, 出典:Hot or Cool report, p11)

日本でも最も大きい要因は「食」で、全体の約60%を占めています。特に、肉類に加えて魚介類の消費が大きな特徴として挙げられています。魚介類は日本の食文化を支える大切な要素ですが、その消費が海洋資源や生態系に大きな負荷をかけていることも示されています。

また、日本の特徴として次のような点も見えてきます。

  • 移動:鉄道は利用者が多いにもかかわらず環境負荷が低く、優れた移動手段である一方、自家用車は大きな負荷の要因になっています。
  • 住居・エネルギー:日本は石炭や液化天然ガスなどの化石燃料への依存が大きく、エネルギー利用を通じて自然に影響を与えています。
  • 消費財:衣類や靴などの購入も大きな要因で、繊維をつくるための土地利用などが影響しています。

こうした結果は、日本の暮らしが国内だけでなく、世界各地の自然環境と強く結びついていることを示しています。

■「チョイス・エディティング」

持続可能な選択肢を当たり前にする

このレポートの重要な特徴は、環境問題を「個人の努力」だけの問題にしていない点です。むしろ、社会の仕組みそのものが私たちの選択を形づくっていることに注目しています。

筆頭著者のAlessandro Galliは、次のように述べています。

  • 食は、ライフスタイルを通じて自然に最も大きな圧力を与えている
  • 食料システムや消費の仕組みを変えなければ、自然は守れない
  • ライフスタイルの変革を政策の中心に据える必要がある

こうした考え方を具体化したのが、choice-editing(選択肢の設計)です。これは、持続可能な行動を個人の努力に任せるのではなく、社会の仕組みとして自然に選ばれるようにする考え方です。

ポイントは次の3つです。

  • 持続可能な選択肢を「例外」ではなく「標準」にする
  • 価格や制度、インフラによって選択を後押しする
  • 個人だけでなく、企業や政策の役割を重視する

つまり、環境問題を「意識の問題」ではなく、「社会設計の問題」として考える視点です。この考え方は、生物多様性の保全だけでなく、気候変動対策にも同時に役立つ可能性があります。

■エコロジカル・フットプリントとの関係

「包括性」と「解像度」という視点

エコロジカル・フットプリント(EF)は、人間の活動がどれだけの土地や海の資源を必要としているかを示す指標で、地球の再生能力との比較によって、持続可能性を評価します。

一方、生物多様性フットプリントは、土地利用などが生態系にどのような影響を与えるかを、より詳しく見る指標です。

両者の違いを簡単に言うと、次のようになります。

エコロジカル・フットプリント

  • 自然への圧力を広く把握する
  • 「どれだけ使っているか」を示す

生物多様性フットプリント

  • 生態系への影響を詳しく見る
  • 「どのような影響が出ているか」を示す

つまり、EFが「何をどれだけ使っているか(原因)」を示すのに対し、生物多様性フットプリントは「その利用によってどのような影響が生じるのか(結果)」を示す指標であり、両者をあわせて捉えることで、原因と結果の関係をより明確に理解することができます。

■ネイチャーポジティブな社会に向けて

Hot or Coolレポートは、ライフスタイルという視点から、気候変動と生物多様性を同時に考える重要な枠組みを示しました。特に、食を中心とした日常の選択が地球環境に大きな影響を持つことを、わかりやすく示した点に大きな意義があります。

今後、こうした分析にエコロジカル・フットプリントの視点を組み合わせることで、カーボンだけでは捉えきれない資源利用全体や地球の限界との関係まで含めた、より包括的な理解が可能になると考えられます。自然をどれだけ使っているのか、そしてその使い方が生態系にどんな影響を与えているのか。この二つの視点をあわせて考えることが、ネイチャーポジティブな社会への鍵になるのではないでしょうか。

EFJとしても、本レポートのような先進的な取り組みを高く評価するとともに、今後、Hot or Cool Instituteをはじめとする多様な研究機関や組織との連携を通じて、より実践的で統合的なアプローチを日本に広げていけることを楽しみにしています。