自然との共生への移行
(出典:生物多様性事務局,2020,地球規模生物多様性概況第5版)
生物多様性のランドマーク
2022年12月7日~19日、カナダで開催された生物多様性条約第15回締約国会議で、2030年までの新たな世界目標「昆明・モントリオール生物多様性枠組」が採択されました。自然との共生をめざす2050年までの4つの世界目標(ゴール)とともに、2030年までの目標(ミッション)として、生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せることを掲げ、その実現のため23の行動目標(ターゲット)が合意されました。あわせて、進捗をモニタリングするしくみや報告・レビューの方法についても合意されました。この新たな枠組は、「モントリオールなくしてパリなし」と言われ、地球温暖化対策のパリ協定とつながるものです。
世界では陸地の75%が大きく改変され、湿地の85%が消失、約100万種が絶滅の危機にさらされています(2019, IPBES)。一方、前回の2020年愛知目標20項目はどれも達成できませんでした(2020, CBD事務局)。そこで、一部の国々、ビジネスやNGOなどは、経済活動が与える負の影響の半減など数値目標の設定や、情報開示の義務化など、野心的な2030年目標の設定を求めていました。しかし、最終決議文には、負荷半減とする数値目標は記載されず、また、企業にリスク開示を義務づけることも盛り込まれませんでした。
それでも、世界約200ヵ国が、2030年までに生物多様性の損失を止め、回復に向かわせること(ネイチャー・ポジティブ)を約束した点は、大きな節目と言えます。また、前回の愛知目標よりも多く数値が設定され、何をどこまで実行するのか確認しやすくなりました。具体的には、「外来種の導入と定着率の少なくとも50%削減」(ターゲット6)、「流出する過剰な栄養素を少なくとも半減」、「農薬と有害性の高い化学物質によるリスクを少なくとも半減」(ターゲット7)などです。あわせて、ゴールやターゲットそれぞれの進み具合を測るための指標も多く設定されました。そのなかのひとつにエコロジカル・フットプリントも掲載されています。
保全と再生 30 by 30
陸地、淡水、海洋の少なくとも30%を保護区にする目標が設定されました (ターゲット3)。また、劣化した陸域や海域などの生態系を少なくとも30%再生することもめざします(ターゲット2)。前回の2020年目標では、陸域の17%と海域の10%を保護区にする目標(目標11)を掲げていましたが、結果として、陸域と淡水域で約15%、海域で約7.5%でした。過去20年間の保護区拡大のペースを考えると、あと8年で30%にするためには、これまで以上の取り組みが必要になります。そこで注目されているのが、保護区以外の地域で生物多様性の保全に貢献する地域(OECM:その他の効果的な地域をベースとする手段)です。人間が林業や農業などで利用する結果、自然が守られている地域を含めることで生物多様性の保全の機会を広げることにつながります。実行にあたり、量だけでなく質の面でも十分な検討が求められています。
ネイチャーポジティブのための経済活動へ
新たな目標の特徴は、負荷を低減するために企業や金融の行動を強く求めた点です。企業は自然への影響を評価し開示することを求められます(ターゲット15)。また、食料廃棄、過剰消費や廃棄物などを減らして世界のグローバルフットプリントを削減することも策定されました(ターゲット16)(※1)。これらは企業の生産や廃棄の方法に大きくつながっています。また、民間の投資、生態系サービスに対する支払い、グリーンボンドなどを奨励して資金調達の目標も掲げています(ターゲット19)。会期半ばの「金融デー」の会合では、国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)のエマニュエル・ファベール議長が、生物多様性など自然についても情報開示基準に組み込むことを明らかにしました。背景には、気候変動対策と生物多様性保全が一体であること、また自然の劣化が企業存続のリスクにもなることを経済界も共有してきたことがあります。
すべての人々が行動を
目標設定の次に重要なことは「実行」です。もはや、地球環境はまったなしの危機的状況です。異常気象、森林火災、洪水、干ばつ、食料不足、感染症リスクなど、世界が直面する緊急課題の背景には生物多様性の劣化があります。森林、海洋などの生態系は、人為的な二酸化炭素排出量の 50% 以上を吸収していることから、世界の平均気温上昇を1.5℃に抑える目標のパリ協定の実現にも重要です。また、2015年に設定されたSDGsの達成のためには生物多様性の回復が欠かせないとの報告もあり、生物多様性の回復にむけた施策の実行が求められています。
各国は、社会変革を求める2030 年世界目標に合わせて、生物多様性国家戦略と行動計画を更新する必要があります。これは、国際社会に対して、各国がどのように責任を持ち貢献するかを示すものです。現在、環境省は、専門家会合で次期生物多様性国家戦略の検討をすすめており、2023年3月末には閣議決定する見込みです。日本が環境において国際社会に貢献するためには、世界目標よりも野心的な目標を設定し、確実に実行することが求められます。行政だけでなく、企業、市民すべてが、生物多様性に根ざして意思決定し、アクションするときです。
エコロジカル・フットプリントの役割
エコロジカル・フットプリントは、新たな2030年目標では、モニタリング枠組のなかで以下の2つの目標を測る指標(※2)のひとつとして掲載されています。
■ 2050年ゴールBの一部、「B1. 生態系が提供するサービス」の34の補完指標のひとつ
■ 2030年ターゲット16「消費のグローバルフットプリント削減」の4つのコンポーネント指標のひとつ
とくに、ターゲット16では、各国が報告を求められるヘッドライン指標は現時点で設定されておらず、以下の4つのコンポーネント指標が重要となります。
- Food waste Index (食品廃棄指数)
- Material footprint per capita (1人当たりマテリアル・フットプリント)
- Global environmental impacts of consumption (消費による地球環境への影響)
- Ecological footprint (エコロジカル・フットプリント)
これまでも、エコロジカル・フットプリントは、自然資源の利用が自然の再生できる範囲内かどうかを明らかにしてきました。前回の2020年までの世界目標 では、20の目標のひとつに「持続可能な生産と消費」(目標4)がありました。内容のひとつである「自然資源の利用の影響を生態学的限界の完全な範囲に抑える」ことの達成状況を測る指標としてエコロジカル・フットプリントが利用され、達成できなかったことが明らかになりました。
日本もこれらの指標を積極的に活用して負荷の削減を見える化し、世界のフットプリント削減に貢献することが期待されます。エコロジカル・フットプリント・ジャパンは、エコロジカル・フットプリント指標を使って負荷を削減できるよう、さまざまな組織、団体や人々を支援していきます。
※1 ターゲット16 (環境省 仮訳) : すべての人々が母なる地球 とうまく共生するために、支援政策及び 立法的又は 規制的な枠組みの確立、教育及び 正確な関連 情報 や代替手段へのアクセスの改善によって 、 人々が持続可能な消費の選択を奨励され、行うことができるようにするとともに、 2030 年までに、世界の食料廃棄の半減、 過剰消費の大幅削減 、廃棄物の発生の大幅削減などを通じて、 消費のグローバルフットプリントを 衡平な形で削減する 。
※2 指標の種類: 「ヘッドライン指標」:ゴールやターゲット全体の進捗を把握する指標で、国別報告書で共通の指標として使用される。「コンポーネント指標」: ヘッドライン指標と同じく、ゴールやターゲットの全ての要素をカバーする任意の指標。「補完指標」:ゴールやターゲットのテーマ別・詳細分析のために使用される任意の指標
図 生物多様性の損失を止め、回復させる行動のポートフォリオ
出典:生物多様性条約事務局,2020, 地球規模生物多様性概況第5版 (環境省和訳)
【参考】 流れを変える統合的なアクション
このままでは生物多様性の減少が続きます。保全と再生、気候変動対策、外来種や汚染対策がなければ減少は止まりません。さらに回復させるには、消費の削減、持続可能な生産ができていることが必要です。これらを組み合わせてはじめて、生物多様性の回復と人々の生活環境が保たれます。これまで生物多様性の保全イメージは、生息地や野生生物を守るなど狭い意味で理解されていました。しかし、これからの保全は、消費の削減や持続可能な生産などを含めた統合的なアクションにかかっています。